月別アーカイブ: 1月 2015

親子で月に一度のお習字

標準

IMG_3232
娘が毎週土曜日に通っている日本語クラスで
月に一度、選択授業として
書道のおけいこが開催されている。

この学校は、こうやって日本文化にふれる機会を
たくさん作ってくれるのがうれしい。

6歳じゃちょっと早いかな、とも思ったが
年明け最初の授業で
書初めも体験しているし(写真)、

・姿勢を正して座る、
・精神を集中して書く、
・自分が納得するまでトライする、

という訓練にもなればと期待して
申し込んだ。

親も一緒に、しかも道具レンタル込みで
受講できるというから
私も久しぶりに筆を持ってみることに。

アメリカに住むようになってからの
ノスタルジアなのか、
中学生の頃まで比較的まじめに習っていた書道を
またやってみたいと思い始めていたところだった。

初日の娘の課題は”ミルク”。

『なぜいきなりカタカナ?
しかもまだカタカナは習ってないのに』

とも思ったが、
カタカナ表で丸暗記させられるよりも
こうやって意味のある使い方を習ったほうが
覚えやすいかもしれない、と思い直した。

私が忠告するとうるさそうにしている娘も
先生の指導は神妙な顔をして聞いている。

書道というよりは
お絵かきに近い筆運びだが、
先生も一応ほめてくれるし
本人はそれがうれしいようだ。

一番よくできた作品を選んで提出して
初回は終了。

みんなの作品と一緒に
黒板に並べられた自分の作品を見て
まんざらでもなさそうにしている。

この調子でしばらく続いてくれるといいな。。。

先生が宿題の中身を知らないってどういうこと?

標準

娘がKindergarten(小学校入学前の学年)に
あがってから毎週宿題が出ている。

一桁の足し算や
the, you, it などのsight words(短い頻出単語)、
子音+母音+子音の組み合わせでできた単語の練習(phonics)
などが主な内容だが(参照:Kindergarten のカリキュラム)、
先日、こんな出題があった。

『絵の雪だるまに指示通りに色を塗り、
それを簡単な文章で説明しなさい
(Describe the snowman.)』。

え、いきなり文章を書かせるの?

空欄を埋めたり正しい綴りの単語を選んだりする
単純な問題ではなく、作文をするというのだ。

ちょっとそれは
やっと文字を識別し始めたばかりの
この年齢の子どもたちには不適切では?

たまたま娘のアフタースクールのお迎えで
担任の先生に会ったので聞いてみた。

「作文を書かせる宿題ですけど、
Kindergartenでもうそんなことを要求されるんですか?」

すると、驚いたことに
「え?そんな問題があったかしら?
私、まだ宿題の内容を全部見てなくて。
まあ、ご両親の判断で適当なところまで手伝ってあげてください」
との答えが返ってきた。

『え、宿題って担任が作ってるんじゃないんだ』。

きっと4つあるKindergartenのクラス全部で
同じプリントを使っているのだろう。
誰かが(または持ち回りで)全クラス分の宿題を作っているなら
担任が内容を知らないこともあるかもしれない。

『それにしても、生徒に出す宿題ぐらい
事前に目を通すのが当たり前では?』

どうひいき目に見ても
宿題の内容を把握していなかったという担任の言葉は
感心できるものではなかった。

きちんとした先生だと思っていたけど
少しがっかり。

確かに宿題の内容は
クラスで実際に教わっている内容や
その進捗度合いとは必ずしも一致していないような
気がしていた。

どちらかというと
この学年ではここまでできてほしい、
というゴールを達成するために
淡々とドリルをやらせているような印象だ。

もともと宿題について
低学年までは不要という説に賛同する私とダンナだが、
これでますます宿題についての見方が
ネガティブになってしまった。

ちょうど来夏からのの新入学生の受付で騒がしくなるこの季節、
ほかの学校や学区と比べて
今の学校が娘にとって最適だったのか、
つい考えてしまった。

もちろんこの一件だけで
担任や学校の良し悪しを判断するつもりはないが、
希望の学校に通わせられたからといって
卒業するまでひと安心、というわけにもいかないのだと
改めて思い知らされるような出来事だった。

私たちは白人グループ? 〜マーチンルーサーキング牧師の誕生日〜

標準

19日は祝日。
マーチンルーサーキング牧師の誕生日だ。

アメリカの祝日は、クリスマスなどを除いて
ほとんどが月曜日にあたるように決められているので、
実際の誕生日はこの日ではないが
とにかく1月の第三月曜日は
人種差別をなくそうと闘ったキング牧師を偲ぶ日なのだ。

学校、特に低学年のクラスでは
年間の祝日について、その日が何を祝うのか、
どのような意味があるのかについて教える。

娘も、お友達と遊びに出かける車の中で
唐突に「キング牧師のおかげで
みんなが一緒に学校に行けるようになったんだよ」
と言いだした。

「そうだよね、昔は黒人(black people)と
白人(white people)は一緒の学校にも行けないし
レストランも乗り物も別々だったんだよね」

「うちのクラスにも肌の色の濃い人(darker skin)と
薄い人(brighter skin)が一緒にいるもんね」

あ、そういう言い方で教えてるのね。
black とかwhite ってあえて言わないのかしら?

「xxちゃんとか、xxくんとかはdarker skin、
⚪︎⚪︎ちゃんとか⚪︎⚪︎くんとかはbrighter skin だけど
一緒に学校に行ってるもんね」

娘の学校には黒人は少なく
クラスには一人もいない。
娘が言っているdarker skin のお友達は
ヒスパニックや南アジア系の子どもたちだった。

キング牧師の話には
ヒスパニックやアジア人のは出てこないのだが
肌の色に関係なく、というコンセプトは伝わっているようだ。

「あなたはどっちに入るの?」
と、興味本位で聞いてみると
「私はbrighter skin だよ」
だって。

「じゃあ、ママは?」
「Brighter skin に決まってるじゃん」
「⚪︎⚪︎ちゃんたちみたいにうす〜くないよね?」
「でも、xxくんとかみたいに濃くないでしょ」

白人以外はアジア系も含めてすべて有色人種、
という分け方が当たり前と思っていた私には、
私たち親子がbrighter skin に入るという
娘の言葉はちょっと新鮮だった。

どちらがいいとかいう差別的な意味ではなく
素直にそう思ったようだ。

なぜ黒人が差別されていたのか、なんていう
難しいことはまだ教えられなかったようだが、
当たり前のようにさまざまな人種に囲まれた世界に
生まれ育った娘と
周りはすべて日本人という世界で育ってきた私とは
きっと世界観も違うだろう。

娘がもう少し大きくなったら、
そんな話もできるかな。

日本のお正月についてクラスでプレゼン

標準

クリスマスから新年にかけては、
アメリカでもご両親の出身国や人種によって
さまざまなお祝いごとや異なった祝い方がある。

例えば、ユダヤ系(Jewish)の人たちは
キリスト教のお祝いであるクリスマスは祝わず
11月末から12月初め(暦によって毎年変わる)頃にかけて
ハヌカ(Hanukka)を祝う(長くなるので詳細はこちらへ)。

娘のクラスでは
アメリカのクリスマスや
ニューイヤー以外のお祝いを
子どもたちに紹介してくれる
保護者のボランティアを募集していた。

そこで、日本では
一年のうちで一番大きな祝い事ともいえる
お正月について
クラスで話をすることにした。

プロジェクターを使って写真を見せながら
10ー15分で簡単にお正月の説明をすると
こんな感じ。

お正月の準備(3つ):
・大掃除
・年賀状書き
・おせち料理作り、おもちつき

お正月にすること(2つ):
・おせち料理を食べる
・初詣に行く

何年か前に撮った
年末年始の家族での写真を見せながらのプレゼンだったが、
子どもたちからの質問がなかなかおもしろい。

(おせち料理の写真を見て)
「その眼がついてる赤い食べ物は何?
前に食べた時、おいしかった」
「あ、これはゆでたお頭つきのエビね」
「そうそう、それそれ、エビエビ」

「あ、巻き寿司(Futomaki)がある。ぼく、巻き寿司大好き」
「中にアボカドが入ってる?」
「いや、うちではアボガドは入れないけど
卵とか人参とか入ってるよ」

アメリカで寿司といえば握りではなく太巻きが主流。
アボガドやカニかまなどが入ったカリフォルニア巻きなら
スーパーでも売っているから、
馴染みがあるみたいだ。

(初詣の写真を見て)
「神社(shrine)って何?」
「この一年が良い年になりますように、と
お祈りをしに行くところよ」

神様にお祈りを、と言いたかったが、
キリスト教で神といえばイエス・キリスト。
ややこしくなってもいけないと思い、そこはお茶を濁した。

「その人が持ってる刀(sword)みたいなものは何?」
「あー、これは破魔矢といってね、
家に不幸が入ってこないようにするお守りだよ」
「すげー、それで戦うの?」
「いや、これはお守り(charm)だから戦うわけじゃ。。。」
「たとえば、十字架(cross)のネックレスとか
お守りにしている人もいるでしょう?
それと似ているわね」と先生。
「え、十字架って何?」とうちの娘。

うちはキリスト教じゃないから
十字架なんて言葉、聞いたことなかったね。

これだけ盛り上がってくれれば
プレゼンター冥利につきるというもの。

どこまでお正月の雰囲気が伝わったかは疑問だが、
あっけないニューイヤーを迎えるアメリカと違って
日本のお正月の特別感が伝わったなら
まずまずかな。

家族3人での雪山ハイキングが一番の思い出(ヨセミテ旅行 ll)

標準

photo
ヨセミテ公園内での雪山ハイキング。
いとこたちが引き返してしまったのを見て
(参照:子供が主導権をにぎる義兄家族とのヨセミテ旅行
娘が「私もついて行きたい」とつぶやいた。

その瞬間、「あなたにはその選択肢はないのよ。
ここまで来たんだから
ママとパパと一緒にハイキングしてこよう」、
「みんなは行かなくて後で後悔すると思うよ。
きっと楽しいからもうちょっと先に行ってみよう」
とたたみかけられ、
娘は観念したのかゆっくり歩き出した。

空気は冷たいが、晴天の雪山を歩くのは気持ちいい。
しばらくの間、雪も降っていないようで
足元の雪は氷のようになりガチガチと音を立てているが
かんじき(snow shoe)のおかげで
すべることも埋まることもなく楽に歩ける。

雪が大好きな娘は
途中、疲れて足が進まないこともあるにはあったが、
気がついたら5kmほどのハイキングコースを完歩していた。

この間、2時間以上。
戻ってみると義兄家族が雪だるまを作って遊んでいた。
「雪遊び、楽しかった」
と口々に言っていたが、
私たち家族のすがすがしい気持ちにはかなわないだろう。

あのとき一緒に引き返さずに
強引にハイキングを続けて本当によかった。

親がちょっと背中を押してあげれば
彼らもこのすがすがしさを味わえたかもしれないのに。

こういうときは
「せっかく来たんだから
景色を見たり体を動かしたりして満喫するぞ」
と喝を入れてあげるのが親の役目だと思うけど。

義兄さんは
「子供たちのために来たんだから、
彼らが楽しいと思うことをやればいいんだよ」と言うが、
自由とか本人の意思とかいうものにも
多少のガイダンスやきっかけ作りは
やっぱり必要だと思う。

「そちらの家族と一緒に旅行すると
朝から晩まで分刻みのスケジュールで
リラックスできない」
と私によく文句を言っていたダンナまで、
「こんなにダラダラした旅行に比べれば
そっちのほうがよっぽど達成感もあるし
感謝もしてもらえて気分もいい」
と言いだした。

そう、本当は
どこまで自由を認めるかということが問題なのではなく、
感謝の気持ちがまったく感じられないことが
残念だったのかもしれない。

大晦日の夜遅くにベイエリアに戻り、
おせち料理なんてごちそうはいうまでもなく
つまむものさえろくにない冷蔵庫を見て
どっと疲れが出てきた。

翌日の元旦にボストンへ戻るという義兄家族。

そのあと、元旦も営業しているらしい日本食スーパーで
できあいのおせちの残りでも買って
気持ちばかりのお正月を迎えるとするか。