カテゴリー別アーカイブ: 教育事情

Teacher のストライキで宿題なしの一週間

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先週、クラスの保護者会のリーダーから
保護者全員宛にメールがあった。

『来週は宿題が出ません。
先生方がストライキに入り、
授業時間以外の仕事は行わないことになったからです』。

アメリカの教師の労働組合はかなりの力を持っており、
もともと昼休みや放課後の一定時間以降は時間外扱い。
例えば、子どもたちがお弁当を食べている間の監視役は
立候補した保護者が時給$10程度でやっている。

宿題を出すと、その採点は時間外に行わざるを
得ないことが多いため
今週はそれを行わないというのだ。

私などからすれば
組合に守られた立場の教師たちが
この上、何を望むのだろうかという気もしたが、
その後、労働組合と教育委員会の双方から
それぞれの立場をアピールするメールが
学区の保護者全員宛に送られて来て
ようやくその背景が少し理解できるようになった。

Teachers Association(教師労働組合)のレターより〜

『昨年5月から今年度の賃上げ交渉が始まりましたが
未だ合意に達しておらず、
私たちは契約書にサインをしないまま仕事をしています。
昨年度のサラリーは6%アップにとどまり、
時間外労働を条件に0.5%の追加がありましたが
これは一年間限定で今年度には反映されません。
ベイエリアの物価上昇や他の地区の教師のサラリーと比べても
教育の質を保持するには相応の賃上げと
一クラスあたりの生徒の人数の削減が必要と考えます。
この声を届けるためにも、
地区内の教師は今週一週間、時間外の仕事を行いません
(時間外の電話やメールへの対応、宿題の採点、保護者との面談など)。
保護者のご理解とご協力をお願いします』。

School District(教育委員会)のレターより〜

『カリフォルニア州からの教員の年金補助が
コスト上昇に追いついておらず、
また、固定資産税の減収により
当地区の教育予算は赤字となっています。
その中で、これまで他地区の教員にひけを取らない
サラリーを保って来ましたが、十分な財源なしに
賃上げに応じることは州からも認められていません。
一方で、コストカットなどの成果も見えており、
今月中に組合との再交渉も予定されています。
お互いが歩み寄ることでしかこの試練を乗り越えられることはできません。
6月には公聴会も行いますので、
忌憚のないご意見をお聞かせください』。

よくある労使問題のこじれとも取れるが、
もう今年度も来月で終わりだというのに
今頃、双方から理解を求めるメールが保護者宛に届くところを見ると
けっこう泥沼なのかもしれない。

担任からクラスの子どもたちにも
なぜ宿題がないのかについて説明があったようで
(どこまで理解しているかは不明だが)
娘は完全に先生の側についている。

確かに、教育委員会からのレターは
お役所的な内容で誠意がないようにも見える。

宿題がないのは親にとっても息抜きとなるが、
子どもたちに影響が出ないようにおさまって欲しいものだ。

今後の成り行きが気になる。

お見事。クラスメートの『I will kill you.』発言への学校の対応

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先日、お迎えの車の中で娘がポロっと言った。

「(担任の)先生があんなに怒ったの、初めて見た」。

「どうして怒ったの?誰に?」

「隣の席に座っているY君が、私に
“I will kill you when I turn 10.” って言ったの。
それで先生がY君に怒ったの」。

勢いで、というよりは計画とも取れるこの発言に
冗談ではすまされないかも、と思った私。

ダンナともう一度、何が起こったのか
娘に聞いてみることにした。

「ケンカでもしたの?」

「ううん、何もしてない」

「急にY君がそうやって言ってきたの?」

「机に座って課題をやっていたら
横にY君が立っていてそうやって言った」

「もう一回、なんて言ったか教えて」

「だから(もうあまりその話には触れたくない様子)、
“I will kill you when I turn 10.
Pack up and run as soon as possible.
I can’t wait to turn 10.” って言ったんだってば」。

(10歳になったら殺すぞ。
すぐにでも荷物をまとめて逃げたほうがいいね。
10歳になるのが待ち遠しいよ)。

娘の話によると、
担任の先生はそのあと、厳しくY君をたしなめたようだが
子ども同士の小競り合いにしては
やはりその内容の過激さが気になる。

さっそくダンナが担任にメールを書いた
(クレームはダンナの仕事)。

「Y君の暴言について娘から報告を受けました。
冗談にしても度が過ぎるし、
本気だとしたら学校の安全性に疑問符がつく。
何か対処を考えておられますか?」

すると、担任からすぐに返信が来た。

「私も同感です。
このような暴言は許されることではありません。
Y君には教室で厳しく注意をしましたが、
内容が内容だけに、すでに校長に対応をお願いしてあります。
近日中に校長が当事者二人それぞれに話を聞き、
その内容や事後の対応について報告をしてもらう予定です。
また、Y君の保護者とも面談を行います」。

今年の担任は、保護者からの評判も良く
新学期の面談でもとても良い印象を受けていたが
問題にも毅然と対応してくれている。
しかもスピーディ。さすがだ。

日本では「殺すぞー」なんて
遊びの中でも言ったりするし、
所詮2年生なんだから、という私を尻目に
かなり動揺していたダンナも
これで少し落ち着いたようだった。

その翌々日、校長先生からの電話。

「今日、双方の子供から話を聞きました。
Y君はもちろん、本気でそんなことを言ったわけではなく
かなり反省しているようです。

お嬢さんにそんなことを言った理由は、
課題を終えてしまったお嬢さんが周りの女子たちと話を始めたため
彼は集中できなくてイライラしたようです。

英語が母国語でない彼は
(Y君はヒスパニック系だ)
いつもクラスメートたちがさっさと課題をやってしまうのを見て
歯がゆい思いをしているのだと思います。

また、なぜ10歳になったら、と言ったかについては、
彼が現在、4年生(10歳)の上級生にいじめられているようで
『自分も10歳になったら強くなれる』と
言い聞かせていたフシがあるようなのです。

Y君はお嬢さんに直接、謝りましたし、
『これまでのフレンドシップを台無しにしたくない』と
涙を流していました。

この涙は、私に叱られたという反発の涙ではなく
心から反省した涙だったと私には思えます。

この後、彼のご両親にも
通訳を交えて全ての経緯を伝える予定です」。

たまたま、病気で長期療養中の校長に代わって
来ている代理の校長が対応したのだが、
私たちの不安は一気に消し飛んだ。

いじめが背景にあったことや
本人から反省の気持ちをこれだけうまく引き出したのは
見事というしかない。
いじめについても別途、対応を考えているようだ。

この校長がずっといてくれればいいのに、と思ったぐらいだ(笑)。

アメリカの学校は、いじめや暴言(禁止用語などの使用も含む)には
厳しいと聞いていたが、それは本当だった。

いじめが深刻な問題になっている日本でも
そのぐらいの断固とした対応を
そろそろ始めるべきかもしれない。
芽は小さいうちに積むのがベターだ。

娘の問題は解決したが、一方で
英語を理解しない両親の元で育っている
ヒスパニック系の子ども達への指導の難しさ、という
別の問題も明らかになった。

小さな問題でも見過ごさずに声を上げることが
思いもかけなかった問題に気づき、
対応を考えるきっかけになることもある。

それを悟った出来事だった。

End of the Year Party での「Most xxx Award(もっとも xxx だったで賞)」の授与

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夏休みまであと2日となった14日、
娘のクラスでEnd of the Year Party が行われた。

パーティといっても
Kindergarten やTK のときとは違って
子どもたちの歌やプレゼンテーションなどの出し物はなく
親としては少しがっかり。

Kindergarten(子どもの誕生日によってはその前の一年間のTK)は
『小学校の最初の一年』であり、
パフォーマンスなどで子どもたちの成長を見せることで
保護者からの信頼や安心感を得るというのが目的なのだろう。
一年生以上になると、もうそんな必要もないというわけか。。。。

パーティは、担任からの保護者への感謝状授与から始まった。

クラスの保護者を代表して
イベントの準備や備品の手配など
担任のアシスタント的な役割をするRoom Parent、
研修を受けてクラスで美術を教えるというボランティアプログラムArt in Action を受け持つママ、
コンピュータクラスのヘルプママ、
クラスに割り当てられた小さな畑で植物の世話を指導するガーデンママ、
宿題のコピー、日々の算数やリーディングの指導の手伝いをするママなど
定期的に担任をサポートしてきたママたちにギフトが用意されていた。

私も、毎週月曜日に一桁の足し算の暗唱や
家庭で英語を使わない子どもたちの英語の本読みの練習を手伝ってきたので、
クラスの子どもたちのサイン入りの鍋つかみと
担任の感謝の言葉が書かれたカード(写真)をいただいた。

実は、その前の週にも
ボランティアに参加した父兄たちに感謝を表す
教師主催の『ボランティア保護者のためのお茶会』というのが催され
軽食と飲み物でその労をねぎらってもらっていた。

学校の価値やその教育の質は
ボランティアの協力のレベルによって決まるとよく言われるが、
だからこそ学校側も感謝の気持ちを表すことを忘れない。

子どもたちも、何枚もの鍋つかみにサインをしながら
ボランティアのありがたさと感謝の気持ちを表すことの大切さを学ぶのだろう。

受け取ったママたちもみんな笑顔だ。

続いて、クラス全員への賞状授与が始まった。

『xx(君)はベストアスリートでした』

『xx(ちゃん)は誰よりも本読みが大好きでした』

『xx(君)はこの一年間で一番成長しました』

など、それぞれの子どもたちの
得意分野やがんばった項目を担任が読み上げ、一人一人に賞状(写真)を渡す。

娘は、
『クラスで一番みんなを笑わせました』
という賞だった。

家でもおふざけが過ぎることがよくあるが、
学校でも三枚目なのね。
賞をもらえたのだから、授業の邪魔にはなってないのだろうけど。

あとで、「どんなことして笑わせたの?」と聞いても
「別に何もしてないよ」としらばっくれている。

厳しさが足りないという保護者もいたが、
私はこうやって子どもの良いところを伸ばしてくれようとする
娘の担任の先生に感謝している。

そのあと、フルーツやクッキーのおやつ(もちろん、保護者の持ち込み)が振る舞われ
パーティは終了。

パーティとしてはあっけなかったが、
あと一日で娘も一年生を卒業するのだなあ、と
毎年のことながらちょっと感慨深い一日でもあった。

歩いて走ってFundraising、日曜日のWalk-a-Jog イベント

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年度末に隔年で行われているFundraising(PTAの資金集め)イベント、
Walk-a-Jog が行われた。

アメリカの学校のPTAのもっとも大きな役割は
Fundraising と言っても過言ではない。

毎年、新学期の初日にはPTAから寄付金募集の用紙が配られ
数百ドルから数千ドルの寄付をするよう強く依頼される。

州の予算の削減のおかげで削られがちな音楽や美術などの授業や
学校図書の充実、生徒が利用するコンピュータの購入などは
PTAが調達するお金に頼らざるを得ないのが現実なので
任意ではあるが、まずどこの家庭もいくらかは払っているだろう。

それに加えて、年中、工夫を凝らした
大小さまざまなFundraising イベントが行われている。

例えば、
・特定の日に特定のレストランで食事をすると飲食代のx %が学校へ寄付される
・毎週特定の日のランチの時間にスムージーの販売が行われ、売り上げのx %が学校へ寄付される
・父兄が自慢の料理を持ち寄りその腕を競う料理の鉄人イベント。テイスティング料$70-90はすべて寄付
などだ。

Walk-a-Jog もそのイベントの一つだが、
その仕組みはこうだ。

ガン撲滅のマラソンのように
生徒がそのイベント(学校の運動場のトラックを30分間歩く、または走る)への参加を表明し、
それに賛同してくれた人から寄付を集めるというもの。

本来は近所の人、親戚などに声をかけて
寄付を集めるものらしいが、
自分の子供がウオーキングイベントに参加するからといって
お金をもらいにはなかなか行けない。

せいぜい、おじいちゃん、おばあちゃんにちょっと出してもらうか
親が自腹で寄付をしているのが現実だ。

だから、そのイベントのことは知っていたが
実は、参加するつもりはあまりなかった。

だが、イベントが近づいていきたある日、
娘が聞いてきた。

「ママ、Walk-a-Jog 申し込んだ?」

「え、まだだけど、出たいの?」

「一番たくさんの参加者がいたクラスは
ピザパーティのごほうびがあるんだって。
うちのクラスもそれを目指してるから申し込まなきゃダメだよ」

「でも、歩かなきゃいけないの知ってるの?」

「知ってるよ。お友達と一緒に歩くことにしたから。
しかも、申し込んだらタダでTシャツとトートバッグがもらえるんだよ。
一番たくさん歩いた人にはiPad の賞品もあるんだって!」

「まあ、寄付金を払うことになってるからタダじゃないんだけどねえ、、、」

「とにかく、もうすぐ締め切りだから申し込んでよ、ママ!」

敵もさるもの。
Tシャツだのピザパーティだの、子どもを味方につける術を心得ている。
とりあえず$20を払って申し込んだ。

当日の日曜日、学校へ行ってみると
イベントはかなり盛況だった。

学年別に子どもたちが一斉にトラックを歩いたり走ったりするのだが
みんな意外と真面目にやっている。
ゆるいマラソン大会のような感じだ。

娘も、トラックを33周まわったと言ってかなり本気でiPad を期待していた。

結局、iPad にもピザパーティにも届かなかったが
娘はケロッとしている。
週末にたくさんの友達と会えただけで楽しかったのだろう。
週末に持て余し気味なエネルギーの発散にもちょうどよかった。

『寄付』と聞いただけでつい
「また?」と辟易とすることもあるが、
これだけ規模の大きなイベントとなると
企画・運営をするPTA役員もそれなりに大変だろう。

そういう人たちのおかげで
学校やコミュニティがうまく回っていくんだなと
改めて感じた週末でもあった。

個人情報の問題ではなく、教育を受ける権利の問題だった

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娘のクラスで問題になっているあること、とは。。。

クラスメートのM君のことである。

体が大きくヒスパニック系のM君は、
朝からみんなと一緒に席に座らないで
教室の後ろに置いてあるコンピュータを使って
アシスタントの先生と一緒にいつも何やらやっている。

ここ最近、娘から彼の話を聞くことが多くなった。

「今日ね、M君が先生の顔を叩いたんだよ」
とか、
「M君はね、みんなとちょっと考えることが違うんだって
(He thinks differently.)」
とかだ。

事件が起きるたびに
担任の先生は、彼をなだめたり
場合によっては親を呼び出す必要があったりして
その間、ほかの子どもたちは自習をさせられていることも多いのだとか。

そのようなことが最近、立て続けに起こったこともあり、
保護者たちの間で、
「担任の目が他の子どもたちにじゅうぶんに届いていないのではないか?」
という声が上がっているのだ。

M君がどのような心身の問題を抱えているのかは
私たちには分からないが、
そのように標準のクラスに馴染めない子どもは
特別な担任をつけ、特別な授業を受けるのが本人のためではないのか、
というのが一般的な意見だろう。

アシスタントの先生が面倒を見てくれているといっても
彼女も学校中の複数の子どもたちを見ているわけで
常にM君につきっきりというわけにはいかない。

担任の注意や労力の多くがそのような子に向けられているとしたら
ほかの子どもたちの機会損失にもつながり
親としても気になるのは当然だ。

さて、先の訴訟問題だが、これは
このような現状を認識していながら何の手も施さない州の教育委員会に対して
特別なケアが必要な子どもたちの親が訴えを起こしたもの。

娘のクラスの現状を考えると
特別なケアを必要とする子どもたちにとってだけでなく
実は、クラスの他の子ども達にとっても関わりの深い問題なのだ。

なのに、テレビや教育委員会、強いてはPTAから伝わってくる情報は
「個人情報が流出の恐れ。お子さんを対象から除外してもらうために
裁判所へ反対表明のレターを提出しましょう」
という論調のものばかり。

教育委員会がメディアやPTAのネットワークを利用して
世論を扇動でもしているのだろうか、と
思っていたところにこんな記事が出た。

『教育委員会は、教育を受ける権利の問題を個人情報の問題にすり替えてようとしている。
きちんとした事実に基づいて判断しましょう』

やっぱりね。
体制やメディアを盲目的に信頼できないことは分かっていたが、
こうやって私たちは常に不確かな情報に踊らされているのだな、と
改めて思い知らされた。

そして、自由の国アメリカ、
その中でももっともリベラルなカリフォルニアでも
やっぱり体制に逆らうのは大変なのだと。