Thanksgiving の前日の水曜日には
学校でもお祝いのごちそうが振る舞われるのが
恒例だ。
ごちそうといっても
生徒一人一人が一品ずつ
料理を持ち寄る形式で、
準備や片付けも
すべて保護者のボランティアに頼っている。
Thanksgiving のお祝いは
これまで何度かダンナの実家で経験したが
やっぱり料理と言われると
馴染みのないものが多く、
何を持って行こうか悩ましい。
パンプキンパイやマフィン、
コーンブレッドなどがポピュラーなのだが、
先生からのメニューのヒントの中に
ミニサンドイッチがあったので
それなら私も作れそう、と
今年はそれにすることにした。
前日に、サンドイッチ用のパンや
チーズとハムを買いに
学校の近くのスーパーに出かけると
娘の仲良しのクラスメートのママにばったり。
「明日の準備?」
「そうそう。うちはパンプキンマフィンを買ったから
違うものにしてね」
「大丈夫。うちはサンドイッチにするから」
そっか、出来合いのマフィンを買ってくのね。
私も別に手作りにしなくてもいいんだけど
何となく勝手なこだわりで
出来合いのものは遠慮してしまう。
当日、朝少し早く起きて
ハム&チーズサンドイッチと
卵サンドを作った。
テーブルに並んでいる料理を見ると
気のせいか、今年は去年より
出来合いのものが多いような気がする。
マフィンやクラッカー、
生の野菜スティックやフルーツ、
ミニパンプキンパイやクッキー、
ポップコーンなどがならんでいる。
子どもたちは
セルフサービスで
紙皿にいっぱいの料理を盛って、
渡り廊下に作られた
簡易テーブルクロスの両側に
順番に並んで座った。
“Happy Thanksgiving.
You may start eating!”
という先生の一声で食事が始まったが、
10分もしないうちに
席を立つ子もちらほら。
「もうお腹いっぱい」
「これ、あんまり好きじゃないからいらない」
と言って、料理を残している子どもたちに
「じゃあ、自分でゴミ箱に捨ててから
休み時間に入りなさい」
と言う先生たち。
いわばパーティなのだから
取ったものを全部食べる必要もないといえば
そうなのだが、
たくさんの食べ残しを
平気でゴミ箱に捨てる子どもたちを見るのは
あまりいい気持ちではない。
アメリカでは
『嫌いなものを無理やり食べる必要はない』
という考え方が主流で、
『取ったもの(与えられたもの)は
きちんと全部食べなさい』
という教育はあまりされていない。
うちでも、食べ残しにきびしい私と
『別にいいじゃん』
というダンナの間でよく衝突が起こる。
無理に食べさせて
もっと嫌いになってしまっては元も子もないが、
やっぱり食べ物やそれを作った人への
感謝の気持ちを持たせる教育はすべきではないか?
400年前にイギリスからアメリカにやってきた
ピルグリムたちが、
原住民たちの助けを受けて
やっと収穫した農作物への感謝の気持ちを表したのが
サンクスギビングの始まりだということを考えると
さらにそう思わずにはいられない。
アメリカでは食育という言葉は
なかなか根付きそうもないな。
そんなことを考えさせられた
今年のお祝いだった。