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意外とスムースだったミドルスクールへのトランジション

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そうこうしているうちにもう12月。
娘がミドルスクール(中学校)に進学してから4ヶ月が経っている。

もともとアメリカの学校では
入学式や始業式などといったものはなく、
新学期もなんともあっけなく始まるのが普通だが、
今年はオンラインでのDistance Learning ということもあり
こちらが拍子抜けするぐらい本当に静かに新学期がスタートした。

準備したことといえば
教科ごとのノートやフォルダー、カラーボールペンを買ったぐらいで、
普通だったら新調しているだろうバックパックや
運動靴などは学校が再開するまでおあずけ。

ロッカーで体操服に着替えて体育をする、というのが
小学校とは違うと聞いていたが、
学校のロゴ入り体操服の注文もした覚えがない。

ミドルスクールでは、パンデミック以前からオンラインシステムが導入されていて、
宿題の提出や先生との連絡などは全てデジタル。

だから、準備らしい準備といえば
娘のPC(ダンナのお古)にそのシステムをダウンロードしたり
学籍簿へのデジタル登録をしたり
PCにペアレンタルコントロールを設定するなどの
ITシステムの整備が主だった。

ちなみに、この学校のシステムには保護者もログインできるようになっていて、
宿題の内容や提出期限、テストの結果や成績などが日々チェックできる。
教師への連絡もここからメールを送付する。

一番興味をそそったのは、成績システムだ。

各教科とも、学期の最初は100%(100点)と表示されている。
その後、宿題やテストなどの結果が日々反映され、数字が上下するのだ。

宿題の提出忘れや遅れなどはペナルティが大きく
すぐに75%などに下がってしまうが
その後、挽回すれば少しずつまた100%に向けて数字が上昇する。

先生によっては、宿題やテストの結果が期待以上だった場合、
101%など、満点を超えるスコアを発行してくれる先生もいるのが面白い。

私も時々ログインしてこの点数をながめては、
「まあ、放っておいても大丈夫かな」
「あれ、点数が下がってるけどどうしたのかな?」
などと、娘に声をかけるタイミングを見計らうようにしている。

そんなきっかけでもないと、
「今日、学校どうだった?」と聞いても
「普通」と返ってくるのがせいぜいだからだ。

学期末にはこれに授業態度などが加味されて
最終成績(A~F)がつく。

A+ = 97%
A = 93%
A- = 90%
B+ = 87%
B = 83%
B- = 80%
C+ = 77%
C = 73%



と、点数によってグレードも決まっているという
ある意味とても透明なシステムだ。
学期末になって「こんなはずでは。。。」ということもない。

こうしてみると、ミドルスクール(やハイスクール)は
デジタル化が進んでいたという点で
図らずしもDistance Learning 対応が整っていたともいえるだろう。

一日中、コンピューターを通して授業を受け、
時間割や課題の管理を自分でするということができる年齢に
ちょうどなっていたのもタイミングがよかった。

、、、というわけで、娘はオンライン中学校生活をそつなくこなしている(と思う)。

他の小学校から来た子どもたちや教科ごとに異なる先生たちと
親しくなる機会などはあるのだろうかと心配していたが、
社会科の先生はとても太っ腹で
宿題は出しても出さなくてもOKだから人気があるとか、
数学のクラスでできた新しい友達と一緒にサイクリングに行くとか言っているのをみると、
それなりに新しいコミュニティにも馴染んでいるようだ。

Distance Learning のマイナス面を挙げればキリがないが、
まずはスムースにミドルスクールへトランジションできたことを喜ぶとしよう。

バーチャル卒業セレモニー

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6月16日
卒業パレードの前日、娘と一緒に
車のデコレーションをした。

このためにAmazon で買った水性チョークで
車の窓をお祝いのイラストやコメントで埋め尽くすのだ。

結婚式を挙げたばかりのカップルが
派手に落書きをした車でハネムーンに出かけるシーンを
映画などで見た覚えがあるが、
あれにはこの水性チョークというシロモノが使われていたんだなあ、
などと思いながら仕事に取り掛かった。

Congratulations! などはもちろんだが、
You did it! (よくやったね)、
Class of 2020(2020年卒業)、などのフレーズや
学校のマスコットのクマ、
紙ふぶきやリボンのイラストを
10色のチョークを娘と取り合いながら
あちこちに描いていく。

チョークとは言いながら、見た目はマーカーそのもの。
ペン先のフェルトの部分を押すと液体のインクが出てくるが
ガラスにペイントするとすぐに乾き、
ペーパータオルで拭くとポロポロと粉になって落ちるので
色が残ったりガラスを傷つける心配はなさそうだ。

運転席の前の部分だけを残して
ガラス窓というガラス窓を隙間なく埋め尽くすと
娘は満足したようだった。

その後、夕方6時からのバーチャル卒業式のために
いつもより少し早く夕食を済ませた。

そして6時。
テーブルにラップトップをセットアップして
家族3人でスタンバった。

録画ビデオを各家庭で見るだけなので、
後から考えるときっかりその時間でなくてもよかったのだが
やっぱり他の同級生もみんな一緒に見ていると思うと
少しセレモニーらしい気分になる。

校長先生の言葉、
生徒会長のスピーチのあと
科目ごとの優秀者に贈られるLanducci Award(アワード)の表彰があった。

Landucci Award は、この学区出身の歯科医Mr. Landucci の寄付によって
創設された基金による奨学金で、
学区内の小中学校それぞれの卒業生の中から
算数や理科などの科目や校内活動などいくつかの領域に
数名ずつが選ばれるらしい。

なんと、うちの娘はScience(理科)で名前を呼ばれた。

「Science、得意だったっけ?」と不思議顔のダンナと私に、
「私のレポートは、いつも図解が上手だってほめられてたからね」
と、したり顔の娘。

まあ、どんな理由であれ
Award を受賞しただけであっぱれ、と素直に喜ぶことにした。

Award 表彰の後は担任による卒業生の紹介。

宿題になっていた自己紹介のスライド
ここで披露されるのだ。

スライドには
各自が書き込んだクラスメートへのコメントに
担任からの本人へのコメントが追加されていた。

「xx君は(さんは)〜な性格で、
クラスメートたちはxx君(さん)のことを〜と思っています」と、
本人の人となりが先生とクラスメートの目から語られている。

娘の学年には100人弱の同級生がいるが、
「この子、x年生の時、同じクラスだったなあ」とか
「大人っぽくなったねえ」とか言いながら見ていたら
あっという間に終わってしまった。

これでバーチャルセレモニーは終了。

校長や生徒会長がともに
「パンデミックによって困難や失望、不満と向き合い
それにどう対処するかという人生における大事なライフスキルを学んでいる」
という内容のコメントをしていたのが印象的だった。

Shelter in Place が導入されて3ヶ月。
ライフスキルで乗り切れるうちはいいが
夏休み、新学期、と困難や失望が継続しそうな気配の中、
アカデミックの進度や心身の健康への影響が気になり始めている。

Shelter in Place でも妥協しないGraduation

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学年末まで学校に戻ることはないという決定を受け、
従来形式の卒業式やパーティが
すべてキャンセルとなったことは前に書いたとおりだ。

卒業証書やアルバムが郵送されてくるだけで
終わりかと思いきや、
そこで黙って引き下がらないのが
イベント好きのアメリカ人。

5月16日、全国の卒業生に向けて
“Graduate Together” という特別番組が
テレビで放映され、
Obama 前大統領がスピーチをしたのを皮切りに
(現大統領がいかに不人気かがよく分かる)
全国的に卒業生を祝おうという機運が盛り上がった。

Facebook もバーチャル・ライブイベントを開催し、
Oprah Winfrey などのセレブが祝辞を送ったり、
州ごとにアメリカ中の高校と大学の名前が読み上げられ、
写真やビデオなどと一緒に
校長および学長からのメッセージなども披露されたという。

娘の学校もバーチャル卒業式の準備を進めているとは聞いていたが、
自己紹介の写真入りのスライドを作成する宿題が出た以外は
直前まで詳細は不明だった。

5月末になり、
教室に残したままになっている教材類や
アート作品などの引き取り、
借りている図書館の本の返却などの事務的な連絡のなかで
卒業イベントに関する詳細がついに明らかになった。

卒業式の予定だった日に車でのパレードを行い、
前日にはバーチャルでのセレモニーが行われるという。

パレードは、卒業生を乗せた各家庭の車が集合し
学校の周りを列をなして走行するというもので、
6月から屋外での活動に対する規制が少し緩くなったのを見計らって
実施に踏み切ったのだろう。

水性チョークで絵や文字を描くなど車を飾り立て
目一杯オシャレして参加するよう先生から言われ、
しょげていた娘も少し気を取り直したようだった。

さっそくアマゾンで見つけた
レモン柄の夏らしいドレスと水性チョークを購入した。

車から降りることはできないし
みんなと写真を撮ることもないのだろうが、
卒業式に向けてドレスを新調するという普通の行為が
とても特別に感じた。

学校での荷物の引き取りは、車から下車することなく、
トランクに載せておいた返却物と引き取り荷物を
担任の先生と係の保護者が積み替えてくれ、
あっけなく終わった。

もうこの校舎に入ることもないだろう。

家に帰って引き取り荷物を開けてみると、
卒業をアピールする小さな掲示板が入っていた(写真)。
大学の卒業生がかぶっているのをよく見る学帽と
娘の学校のマスコットが描かれ、
“Fifth Grade Congratulations!”(5年生おめでとう!)
とのメッセージが読める。

選挙の際、支持者をアピールするのに使われている掲示板をよく見かけるが、
今年はきっと全国の小中高校の卒業生の家の前に
これが立てられているに違いない。

うちの近所でも、中学、高校各校のロゴ入りの掲示板を
あちこちで見かけた。

これを見ると、みんなが同じ思いで卒業の日を迎えているんだな、と
親の私でも、少し仲間意識みたいなものを感じてしまう。
これがよくいうコミュニティという感覚なのだろう。

同時に、娘が小学校を卒業するんだ、という
嬉しいような切ないような気持ちがふと込み上げてきた。

いや、日本だったら5年生はまだ卒業じゃないんだから
泣いたりしないぞ。。。!

一日中オンラインの私立 vs. 自主学習中心の公立

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4月22日からの新学期は
Distance Learning Phase 2(フェーズ2)と名付けられ、
付け焼き刃的だったフェーズ1よりは
学習内容や課題の指示なども少していねいになり、
使うオンライン教材の種類も増えた(写真)。

それでもやっぱり
教師がライブで授業をするというよりは、
動画やオンライン教材を使って自習し、
日々、宿題を提出するというのが基本だ。

週に2回、5〜6人規模に分けられた小グループごとに
30分のミーティング、
週に1回だけクラス全体でのミーティングが
スケジュールされている。

例えば社会科では、アメリカの独立に関わる
ボストン茶会事件”が最近の学習テーマだったが、
学習フローはこんな感じだ。

『アメリカにやってきた移民の立場で、
本国の親戚に手紙を書きなさい』。

『あなただったらイギリス本国側につきますか?
植民地側につきますか?それはなぜですか?』

Google Docs やGoogle Slides に自分のエッセイをまとめ、
グループミーティングでクラスメートのエッセイを見ながら
ディスカッションをし、
先生からフィードバックやアドバイスをもらう。

アメリカ50州の位置と州都の暗記の課題では
テストが実施される予定だったが、
オンラインでのテストは難しく
最終的にはキャンセルとなり娘は喜んでいた。

理科では、人体の器官やそのはたらきについて
各自、工作や詩など、好きなアプローチでまとめ、提出した。

粘土で体内器官の標本を作って写真に撮っている子もいれば、
ていねいな図解をしている子もいる。
うちの子は何かの替え歌を作っていたが、
これが意外と教師にウケたらしく、
実際に歌ってビデオに撮るよう言われたという。

娘の小学校では、5年生になると
子羊の脳を解剖するというのが伝統行事で
娘もかなり楽しみにしていたが、
残念ながらCOVID-19 のおかげでキャンセルになってしまった。

実際の解剖に匹敵するインパクトを期待するのには無理があるが、
子どもたちの想像力と自主性に任せるという意味では
Distance Learning 以前とあまり変わりはない学習環境なのかもしれない。

まあ、こんなものでしょ、と自分に言い聞かせるようにしていた。

が、ある日、同じスイミング・クラブで
私立学校に通っている子の
ママと話をする機会があり、そうも悠長にかまえていられない気になった。

その子の学校では朝8時半から3時まで
通学していた時と同じスケジュールで
全科目、カレンダー通りにきちんとオンラインで授業をしているという。
体育も音楽も図工も、だ。

公立とはえらい違いだ。。。

普段は私立学校なんて選択肢として考えたこともなかったが、
こういう時にはやっぱり差が出るのだ。

学費を払って私立に通わせていたら
確かに週に2-3回、30分のミーティングでは
親としては不満足だろう。

バーチャルクラスになってからの授業料を
一部払い戻せ、という声も
あちこちの私立校で上がっているというから
学校側も必死だ。

一方で、小学生が一日何時間も
コンピュータの前に座りっぱなしで
学習効果はあるのだろうか、との思いもよぎる。

あとから聞くと、
授業を受けながら別のウインドウやデバイスで
ゲームをしている生徒がいて
保護者を巻き込んでの懇談会に発展したということもあったらしい。

教師の対面時間が長ければいいというものでもないし、
理想の学習環境を望めない現在では
きちんとミーティングに出席して
課題を提出しているだけでも御の字、と
割り切るしかないのだろう。

8月からの新学期には
通常(に近い)授業が始まり、
Distance Learning は3ヶ月でおさらば、
という仮定のもとの話だが。。。

Distance Learning Phase 2 は学期終了まで

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4月20日
2週間の春休みが終わって、
この日から新学期が始まる予定だった。。。

予定というのも、急遽、20日と21日の2日間は
教職員のDistance Learning の準備に充てられることとなり
子どもたちが実際に学習を始められるのが
22日にずれ込んだからだ。

「2週間も春休みがあったのに
その間に準備できなかったのかしら?」
と、普通なら考えてしまうところだが、
アメリカの教職員に向かってそれは禁句だ。

前にも書いたことがあるが、
アメリカの教職員組合はかなりパワフルで、
職員の労働時間や権利などが
きちんと守られている。

春休みは子どもだけではなく
教職員にとっても休暇であり、
その期間中に仕事をするというのは
前提となっていないのである。

よって、春休み直後に2日間の予備日を設けて
カリキュラムの作成や
テクノロジー研修に当てたようだ。

日本の教職員がこれを知ったら
どんなに羨ましく思うだろうか。

とにかく、そのようなわけで
退屈きわまりない毎日を過ごしている子どもたちの相手を
保護者が2日間余分にしなければならなくなった。

Bad News はそれだけではなかった。

新学期の開始と同時に、
教育委員会から
夏休みまで学校閉鎖を継続するという決定が発表された。

今年度は校舎に戻って勉強をするということは
ないということだ。

アメリカや世界の情勢を見れば予測はついていたというものの
いろんな意味でそのニュースはショックだった。

5年生の娘は今年で小学校を卒業する。
6月には卒業式や卒業プールパーティなどが
すでに予定されていたが、
それが全部おじゃんになる、と娘は泣きそうだった。

小学校でもこれだけ大ごとなのに
高校や大学を卒業する予定の子どもたちにとっては
そのショックは半端ではないだろう。

3月に学校が臨時休校になった時には、
もう2度とクラスメートと机を並べて
勉強することはないなんて思いもしなかっただろう。

どうでもない日常がこんなに貴重に思えるようになるなんて、
今更ながら
“Seize the Day”(今を生きろ)という言葉の重みを
かみしめたくなる思いだ。

一方、この春休みの間に
コンピュータやタブレットなどを所有していない子どもや
ネットアクセスのない家庭に
Chromebook やWiFi hotspot などを無償で配布する体制が整えられるなど、
Distance Learning の環境はおおかた整ったという。

Distance Learning が長期戦となり、
強制的にデジタル・デバイドが縮小される方向にあるのは
パンデミックがもたらした唯一のポジティブな結果かもしれない。

そんな複雑な思いをめぐらせながら
4月22日の朝に届いた
担任教師からの新学期のメールを読んでいた。